月を隠すのかい 

夕方の6時。
家の玄関をコンコンと叩く音がした。



僕は外が怖いのでとりあえず無視した。


コンコン。


無視。


コンコン。


無視。



………"世界中~ほら~笑ってる~空~♪"



ノックに効果に効果が無いと判断した訪問者は
家の玄関先で急にラジカセを再生しはじめた。
明るい曲調のJ-POPが鉄の扉をすり抜けてくる。



"さあ立ち上がって oh yeah~♪oh yeah~♪"




…ORANGE RANGEのビバ★ロックだ。
しかもどうやらi tunesの視聴のやつをそのままマイクで録音したものらしく
30秒たつところでまた最初に戻る。それの繰り返しだ。
異様に音も悪い。



"世界中~ほら~笑ってる~空~♪"

"さあ立ち上がって oh yeah~♪oh yeah~♪"

"世界中~ほら~笑ってる~空~♪"

"さあ立ち上がって oh yeah~♪oh yeah~♪"




誰だか知らないがうるさい奴だ。
そもそも、この曲自体にいい思い出が無い。
小学校の頃、朝の会の後に設けられた「クラスの唄」という
謎のコーナーがあった。
そこではクラスのみんなに歌いたい歌を紙に書いてもらって
もっともリクエストの多かった曲を毎朝みんなで歌うのだが
そこで歌わされたのがこのビバ★ロックだった。

ちなみに僕は
「忍忍!忍者りゅっくんは忍び世界一の天才忍者である!
 分身の術やりすぎて、この間トイレしてるときとかうんこも分身してた。」
と書いた。

その後、僕は担任に呼び出されて
タイヤを積み上げてできた子供一人スッポリ入る穴に監禁されて
火あぶりにされて
「及川奈央老けないよね~!」って絶叫しながら
一回死んでるんだけど
やはり、その時の悔しさとかそういったものがこみあげてくるのが
この歌を聴くときだった。




僕はたまらず玄関を開けた。



「うるせえコラア!ぶっ殺されてえのか!?
 『太ったから』という理由だけでゴスペル始めた女のどうでもいい話2時間聞かせてやろうかあ!?」



そこに立っていたのは異様に背の小さい老婆だった。
手には謎の赤いスイッチを持っている。



「あ、なんだテメ、ババアこらあ!
 俺は結構平気でおばあちゃんのケツとか思いっきり蹴れるタイプの人間だぞコラ!!
 そのデコのしわの一本一本に塩こんぶはさんでやろうか!?
 パラパラ落ちてくる塩が目に入って悶絶上等だぞこの野郎!?」


老婆は全くひるまずに赤いスイッチを差し出しながら言った?



「今宵の月はどういたしましょうか?」



「…どういうことだ」



「今日はあなたの番ですよ、今宵の月はどういたしましょうか?」





ここで僕は真顔で「もう少し詳しく説明してください」と裏声で呟いた。




「このスイッチは今宵の月をコントロールできるスイッチでござります。
 これを押しますと今宵、この空に月が出る仕組みになっております。
 押しませぬと今宵の月は雲に隠れて見えることはありませぬ。」




僕はその瞬間迷わずスイッチを押した。
そして呟いた。




「全てを肯定することを放棄してみました。」



「ふむ、否定は決して存在を打ち消すことではございませぬ。
 否定は新たなものを生み出す一歩の可能性もございます。
 この月を求めてる人、この月を美しいと思う人、この月で笑う人、おりまする。
 この月を忌み嫌う人、この月を汚らわしいと思う人、この月で泣く人、おりまする。」



「好き放題選んでいくことが人生だとしたら、
 考えすぎることに抑圧されることは死んでいることなのでしょうか」


「あなたは今、好き放題選んでしまった。
 躍動する心を加速させてしまった。」


「僕は今、立ち向かったのですか。逃げてしまったのですか」


「どちらともでございます。」


「おばあさん、それも逃げだよ、あんた。
 選ぶものを最初からすべて無くしてしまっている」


「それも選択でございます」


「それだって逃げだよ。堂々巡りだ。
 自分の中に最初からすべてを肯定するシステムを作り上げている。
 『選択する』という行為自体に何ら境界を設けてない。」


「それも選択でございます」


「システムに束縛されてる。
 自分のシステムだ」


「それも選択でございます」



「迷うかどうかも?」



「全てでございます」



「それじゃあ、どうしようもないスパイラルだ。
 全てのことが選択の集合だとしたら、あなたのそのスイッチなんて
 1ミリの意味も成さない。
 たとえばさ、月が美しいか美しくないか、どちらに感じるかは
 あなたが選ぶことなのか?そんなはずは無いよ。どうかしてる。」



その時、スイッチの通り、空にうすらと月が出始めた。



老婆はそれを指差して
「綺麗な満月でごじゃりましゅる」
と言った。

ためらいもなく言った。
そして、それ以上は何も言わず、僕の前から立ち去った。


部屋に戻り床に寝っころがるとカーテンの隙間から
丸丸のお月様がちらと見えた。

「みんなこれ見てるのかな…
 これ、今日のこの綺麗な月、僕が出したんだぞ…
 みんな、見てるのかな…綺麗とか思ってるのかな…」





たぶん、みーんな見てるんだよ、案外。

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[ 2011/08/31 01:52 ] 日記 | トラックバック(-) | コメント(-)